社会的欲求の2 ― 2012年07月08日 21:16
(前回の続き)
いずれにしろ、人間は生きている限り、どこかに所属していかなければ、「人間らしく」生きることは難しい。
「会社人間」と言われようが、「ワーカーホリック」と揶揄されようと、孤独な生活をするよりかは「人間的」であるし、「生きている」と言う実感がある。
だからこそ、会社人間は仕事をすることが快感なのである。
多くの人間は「仕事は嫌だ。」と考えている。
しかし、今日のように、企業倒産が増加し、解雇の増大や採用人数の大幅削減などがあると、「仕事があることの安心感」がよく分かるだろう。
今まで、嫌だと思っていた仕事がなくなり、することが何もなくなったり、会社から放り出された時、仕事をしている時の自分を懐かしく思う。
「ああ、あの時は良かった。」、あるいは「充実していた。」と言う。
その当時には、口に出すことのなかった言葉が出てくる。
人間とは不思議なものだ。
不思議と言うより、「現金」と言い換えるべきか、いや、「状況に敏なる」と言うことかも知れない。
理由はどうであれ、今、「仕事は嫌だ。」と思っている人間は幸せである。
働く場所があるだけでも幸せである。
この幸せを大事にしたいものだ。
「社会的欲求」が満たされると、次にその上位の欲求である「自我の欲求」を求めるようになる。
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